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2015年7月5日日曜日

僕のお気に入り「AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G ED」


「余人を持って代え難い」レンズ、


と言うのも言い方が変ですが、他のレンズでは代えがきかないレンズが、今回のレンズ「AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G ED」です。


「マクロレンズ」と「マイクロレンズ」という言い方がありますが、ニコンによるとマクロレンズとは「原寸大以上の拡大光学系」、「原寸大までの近接撮影用」がマイクロレンズだそうです。
「代え難いレンズ」と最初に書きましたが普通の単焦点レンズでは
50ミリでは0.45m 1/6.7倍、
85ミリでは0.8m 1/8.1倍、
までしか近接がききません。
この「1/6.7倍」「1/8.1倍」をわかりやすく言うと、
1/10倍は 10cmの物が、センサー(フィルム)上に1cmに写る事 = 1/10
1/1倍(等倍)は 1cmの物が、センサー上に1cmに写る事、
を現しています。
言い換えると倍率が大きいほど、小さいものを画面いっぱいにとらえる事が出来ます。「AF60ミリマイクロ」では∞~0.185mまでが撮影距離で、0.185mで等倍撮影まで可能です。


 まだ写真を始めたばかりの頃は「マイクロレンズは特殊なもので普通の撮影は出来ない」と思っていました。確かに、かつてのニッコールレンズでも「メディカルニッコール」などの特殊レンズで普通の撮影が出来ないものもありました。しかし現在のマイクロレンズはむしろオールマイティー、無限遠からクローズアップまでシームレスに撮影可能な便利なレンズです。人物撮影に使えば、全身からバストアップ、顔アップ、さらに目だけのアップなども撮影可能で、写真に変化をもたらしてくれる「代え難いレンズ」なのです。

 僕が最初に買ったマイクロニッコールはAiニッコール55ミリF3.5だったと記憶しています。このレンズは単体で∞~1/2倍まで、中間リングを付けて1/2倍~等倍まで撮影するものでした。日常持ち歩く事はあまりありませんでしたが、仕事上で極小のものを撮る時には欠かせないレンズでした。次第にメイクアップの撮影をする機会が増えワーキングディスタンスが欲しくてタムロンの90ミリF2.5を購入しました。近接撮影は被写体に数センチの所まで近づいて撮影するため、少し望遠系のレンズでないとレンズがライティングを遮ってしまったり、アイメイクを撮影する際に瞳にレンズが映り込んでしまうのです。このレンズ巷の評判も良く、そして評判通りのシャープなレンズでした。マクロレンズにしてはコンパクトでジャマにならないので、いざという時のためにいつも持ち歩いていました。


 マクロレンズが厄介なのは「露出倍数」です。
露出倍数=(1+M)²
カメラの内蔵露出計を使っていればほとんど気にすることのない「露出倍数」ですが、スタジオのストロボ撮影などで外部露出計で明るさを測ると、この計算をしないと適正露出になりません。
Mは撮影倍率、前述の例で言うと85ミリレンズで0.8mの最短撮影距離で撮影すると、
Mは1/8.1
(1+1/8.1=(9.1/8.1=1.26215516
露出倍数1は補正0 露出計の出た目 F8ならそのまま「8」
露出倍数2は光の量が1/2 F8の場合「5.6」が適正 つまり1絞り開け
露出倍数1.4で半絞り
では、1.26215516は・・・1/4絞りくらい開けかな、
と、ほとんどわからないでしょ。
そもそも「M」はどうしてわかるのか、
1cmの物がフィルム上に1cmに映ったら1
90mmの焦点距離のレンズを90mm繰り出したら1
30mmだったら1/3・・・・・・


 こんな計算を簡単にするための計算尺が存在するくらい露出倍数は厄介な物なのですが、
AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G ED」はこれを自動的に補正してくれます。
どういう事かというとレンズの繰り出し量に合わせて絞りを適正に開けているのです。
F8に合わせて等倍まで繰り出すと露出倍数は4なので2絞り開けたF4の絞りになっています。これで実際の明るさはF8と同等の明るさになります。
ただし開放F2.8はこれ以上開けられないので無理。
F2.8でレンズを繰り出していくと開放F値はどんどん暗くなってF4.8と表示されます。
先ほどの計算でいくとF2.8レンズを等倍まで繰り出すと2絞り暗くなって開放F値はF5.6になる計算ですがこのレンズはピントリングをまわしてもレンズが繰り出さないインナーフォーカス式のため2絞り暗くはならないのです。


 このレンズに限らず今どきのマクロレンズはすべからくそんな機能は当たり前に備えています。
そんなわけで、
スタジオ撮影でも露出倍数を一切考えないですむ、人物撮影では全身から半身、バストアップ、顔アップさらに目玉のアップまで連続して撮る事ができる代え難いレンズ、であることがわかっていただけたでしょうか。


 マクロレンズは構造上大きくなりがちで、「AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED」はVR機能が付いていることもあって750gとちょっとヘビー。60ミリはそれほど大きくなく425gなので持ち歩きも楽です。また、インナーフォーカスのためクローズアップ撮影時でもレンズの全長はかわりません。ナノクリスタルコートが採用されているので逆光撮影でも黒バック撮影でも何でもこなしてくれます。
右は旧型のマイクロ-ニッコール105ミリF2.8

105ミリは全郡繰り出し式なので最短撮影距離では全長が伸びる



 私はこのレンズでライフワークでもある「花」のクローズアップを撮っています。日頃どんなに目を凝らしても見ることのできないミクロコスモスの世界を映し出してくれるので、自分で撮った写真に自分で感動してしまいます。
「花ってこんなふうになっているんだ〜」
あなたもマクロ撮影をして驚きの世界を発見して下さい。

2013年12月17日火曜日

僕のお気に入り「NIKKOR-S Auto 35mm F2.8、NIKKOR-P Auto10.5cm F2.5」


オールドニッコールレンズの復活

 


 今回紹介するレンズは2本ともかなり古い。
一眼レフ用ニッコールレンズは1956年の「ニコンF」の販売から始まっている。「F」が販売された6月に同時に販売されたレンズは50/2 105/2.5 135/3.5の3本だったようだ。それから2ヶ月遅れて販売されたのが35/2.8である。その、最初期のニッコールレンズから「NIKKOR-S Auto 35mm F2.8」「NIKKOR-P Auto10.5cm F2.5」をご紹介したい。

 このレンズが販売された当時、僕はまだ生まれたばかりだったので、ニコンには興味がなかった。実際に購入したのは、10年位前だろうか。ハッキリ覚えていないが、中古カメラ店のジャンクレンズの箱か、ヤフオクのジャンク品を1,000円か2,000円くらいで買ったと思う。なぜこんなに安いかというと2本とも「非Aiレンズ」だからだ。

 1956年に誕生し、現在のデジタル一眼レフまで変わらない「普遍のマウント」と呼ばれているニコン「Fマウント」だが、実際は様々な変遷があって、必ずしも「完全互換」とは言い切れない。
 カメラとレンズはマウントを介して様々な情報をやり取りしている。最初期の「Fマウント」はボディ側から自動絞りの開閉のレバーを操作し、レンズ側から絞り値情報を伝えるカニの爪が備わっていた。その後、TTL時代に合わせての「Ai化」にともない開放F値情報が新たに加わり、絞り情報がカニの爪からAi式露出計連動ガイドに切り替わった。そして、カメラはAF時代に突入。ミノルタ、キヤノンは時代の変化に合わせるため既存のマウント(ユーザー)を切り捨て、AF時代に合わせた新マウントを導入した。その時もニコンは「Fマウント」を替えず、新たにAF駆動カップリングと電気接点を追加した「AiAF」として対応、頑ななまでに「普遍のマウント」にこだわった。新たな情報系が加わるにつけ、不要な情報系が省かれることもあり、本当に「普遍のマウント」なのか、とも囁かれもした。すでにだいぶ前になくなっている「カニの爪」、「G」レンズになってからは「絞りリング」が省かれた。
 そして、デジタル時代になった。
AF化の時に旧マウントに諦めをつけ、マウント径を大きくしていたキヤノンはこのとき非常に有意な立場に立った。初期のデジタル一眼レフカメラはAPS-Cサイズのセンサーだったが、いずれはフルサイズセンサーの時代になる。このときニコン「Fマウント」はマウント径が小さいがゆえフルサイズセンサーには対応できないと言われたのだ。かくしてキヤノンは2002年フルサイズデジタルカメラ「EOS 1Ds」を発売、2005年の「EOS 5D」の発売でデジタル一眼レフ市場の優位性を圧倒的のものとした。
 ニコンはこの間「普遍のマウント Fマウント」を継承し、APS-Cデジタルカメラに合わせた「DXニッコール」で対抗し、「AiAF」から絞りリングを無くした「G」、レンズ内モーターを採用した「AF-S」へとマウントの情報伝達系を変更していった。
 そして2007年キヤノンに遅れること5年、フルサイズセンサーを搭載した「ニコンD3」を発売、不可能を可能にしたのだった。フルサイズセンサーのFXボディ、APS-CセンサーのDXボディそれぞれに対応したFXレンズとDXレンズだが、このレンズも「FXボディにDXレンズ」反対に「DXボディにFXレンズ」の互換性が成されている。キャノンの場合APSセンサーボディ用のEF-Sレンズはフルサイズセンサーボディには安全性のため装着できない。

 前置きがものすご~く長くなったが、早い話、50年以上前の「オールドニッコールレンズ」も今のニコンデジタル一眼レフに使えると言うことだ!
 なんでこんな古~いレンズを引っ張り出したかというと「ニコンDf」が発売されたからだ。「ニコンDf」は操作系がフィルムカメラ時代のダイヤル操作を主体としたクラシカルなスタイルで、且つ今までのニコンデジタルカメラになかった機能として「非Ai方式レンズ」の装着を可能にした。ニコンF5以降のボディ、もちろんデジタル一眼レフボディの場合すべてのボディに「非Ai方式レンズ」を装着することが出来なかったので、このDfによって初めて「非Ai方式レンズ」をニコンデジタル一眼レフに付けることが可能になったわけだ。
Nikkor-S Auto 35mm F2.8























NIKKOR-P Auto 10.5cm F2.5













で、
やっと今回の2本のレンズが登場するわけだが、
今回登場する「NIKKOR-S Auto 35mm F2.8、NIKKOR-P Auto10.5cm F2.5」は「非Aiレンズ」であって「非Aiレンズ」でない。昔はニコンサービスセンターに「非Aiレンズ」を持って行くと2~3,000円で絞り環を「Ai方式」に交換してくれたのだが、とっくの昔のこのサービスは終了してしまった。構造上はなぜ「非Aiレンズ」が今どきボディにつかないかというとボディの「露出計連動レバー」が絞り環にぶつかってしまうだけなのだ。
「ならばレンズの絞り環を削ってしまえ」と、
今回のレンズは「僕」が「非Aiレンズ」を「Ai化」したレンズなのだ。なのでわざわざ
「ニコンDf」を買わなくてもデジタル一眼レフに装着可能なのだ。
写真の「10.5cm F2.5」の絞り環を見て下さい。白い部分が削った部分。
まずはレンズの絞り環を外し、
開放F値が同じF2.5のAiレンズを参考に、
出っ張った部分の残してすべてを削る。
これで絞りリングのAi化完了。
絞り環をレンズに戻して、ボディに付けて動作を確認する。



一本目の「10.5cm F2.5」は「Aiレンズ」を参考にして真面目にせっせと一日かけて削ったのだが、
上部の白い部分だけ削った
二本目の「 35mm F2.8」は取り付け可能なことと、「露出計連動レバー」の代用ができる事のみで削ったので、手間もずいぶん簡単だった。
こうしてわずか1,000円程で買った「オールドニッコールレンズ」を「Aiレンズ」としてD600に取り付けた。

セットアップメニューから「レンズ情報手動設定」で焦点距離と開放絞り値をセットしておけば絞り優先自動露出が可能で、フォーカスエイドでピント合わせも出来る。
便利かと言えば、確かに不便である。しかし、AF以前のカメラ操作を考えれば特別不便なわけでもないし、何よりもデジタルの場合撮影直後に写り具合をモニターで確認することが出来る。

 あえてここでは一本ずつのレンズの善し悪しは記さないが、ズームレンズや超広角、超望遠あるいは極端にF値の明るいものではない一般的な焦点距離のレンズは、すでに50年前でも完成の域に達していた。35mmも105mmも素晴らしい写りである。この時代のレンズで気を付けなくてはいけないのは「色」だろう。ガラスの質のせいで黄色みを帯びているものが多い。経年変化や焼けで黄色くなったものもある。そもそも当時はモノクロ写真しかなかった時代だからこれもいたしかたない。しかし、デジタルカメラの場合ホワイトバランスを調整すれば色かぶりも克服できる。
 何よりもお薦めなのは「オールドニッコールレンズ」は安い。
ヤフオクをざっと見ただけで1,000円以下で買えるレンズが何本も出ている。
絞り環削りはお薦めするわけではないが、ヤスリ一本とマイナスドライバーがあれば簡単にできる。工作が得意な方はぜひトライしてみて下さい。

 ゆっくり、じっくり操作を楽しみながら写真を撮るにはうってつけ。
「オールドニッコールレンズ」でスローフォトを楽しもう。

APS-Cボディにも装着可能。制約はあるが撮影もできる。

2013年11月27日水曜日

僕のお気に入り「AFズームニッコール ED 28-200mm F3.5-5.6G (IF) 」


 最近一番出番が多いレンズ・・・と言えば、
このレンズ「AFズームニッコール ED 28-200mm F3.5-5.6G (IF)」でしょうか。

 お気に入りの理由は、何しろ小さい。
僕が使っているレンズの中から「AF85ミリF1.8D」と大きさを比較してみると長さでは12ミリ長いが、直径は8ミリ細く、重さは20グラム軽い。これで28ミリから200ミリまで、ほとんど普通の撮影で使う焦点距離はカバーしている。そんなわけで、取材ものの仕事と、スタジオ撮影ではほぼこのレンズ一本で仕事をしています。
 
左:28-200 右:85/1.8
取材もの(ドキュメンタリー)の撮影は機動力が重要です。取材対象に密着し、あらゆる現場での撮影を要求されます。求められているのは「髪の毛一本一本を描写する高画質」でも「ボケ味」でもなく「現場の臨場感」です。それには自身の存在感を消し、さり気なく撮影することが要求されます。カメラを2台も3台もぶら下げてガチャガチャと走り回る様は、それだけで被写体に無用な意識を持たれてしまいます。そんな仕事ではこのレンズが最適だと思い使っている「一本勝負」が出来るレンズです。だからといって「画質」が劣るわけでも「ボケ」が悪いわけではありません。このレンズを使い始める以前には「AF-S VR ズームニッコール 24-120mm f/3.5-5.6G IF-ED」を使っていました。このレンズはレンズ交換をしないでほとんどの仕事をこなせる「一本勝負」レンズとして大変重宝していたのですが、あるとき「あれ〜このレンズ画質が良くない」と思うことがあり、機材庫の奥で眠っていた「AFズームニッコール ED 28-200mm F3.5-5.6G (IF)」を引っ張り出してきたのです。
左:24-120VR 右:28-200

そもそも24-120mmは初代「Ai AF ズームニッコール 24-120mm F3.5-5.6D(IF)」の頃から大変重宝して使っていました。
そして二代目「AF-S VR ズームニッコール 24-120mm f/3.5-5.6G IF-ED」が発売されたとき、音の静かなAF-S、VR手ぶれ防止機能付きと言う圧倒的な進化に即座に購入し、APS-Cデジタル時代には「AF-S DX VR ズームニッコール 18-200mm f/3.5-5.6G IF-ED」を使っていたものの、フルサイズデジタル時代になり、また24-120AF-S VRを使っているわけです。この間に、発売された「AFズームニッコール ED 28-200mm F3.5-5.6G (IF)」は24-120AF-S VRと違い、AF-SでもVRでもなく限りなくコンパクトにすることが使命でした。しかし時代は「AF-S、VR」方向に進んでいったため2003年に発売し、2005年までの2年ほどでカタログから消えていました。

 僕は「世界最小・最軽量コンパクト、広角28mmから望遠200mmをカバーする約7.1倍の超高倍率ズーム」には発売時点から注目はしていましたが購入にはいたらず、カタログから消えたときにあわてて購入しました。
しかし、その当時使っていたAPS-Cデジタルではワイド側が足りない。
マウントがプラスチックで強度が心配。
そんな懸念もあって、仕事で使うことはほとんど無く機材庫の中で静かに眠っていました。
 24-120VRの画質に疑問を感じ、眠っていた28-200を使ってみると、思ったより写りがいいので常用レンズとして使い始めました。実際には使い始める前にちょっと画質チェックをしてみました。前述した「画質に疑問を持った」のが、書籍の表紙用人物撮影で24-120VRを85mm位の焦点距離で使ったとき、中央部の人物描写が今ひとつハッキリしなかったので、85mmを含むズームレンズを中心に以下の計9本でテストしてみました。

共通データ:カメラニコンD3、焦点距離85mm(75、60あり)、絞りF16
その結果の自己採点

☆     24-120/3.5-5.6 AF-S VR
☆☆    24-120/3.5-5.6 AiAF(初期型)
☆☆☆☆  28-200/3.5-5.6 AF
☆☆☆☆☆ 80-200/2,8 AF-S
☆☆☆☆☆ 70-300/4.5-5.6 AF-S VR
☆☆☆☆  85mm/1.8 AiAF 単焦点
☆☆☆   60マクロ/2.8
さらに、タムロン
☆☆☆   28-75/2.8
☆☆    28-105/2.8

80-200と70-300が最高点。
ついで28-200が好い画質でした。
このテストは、自分のスタジオでストロボを使ってチャートを撮影しました。意外にも単焦点の85mmが一番ではなかったのは、このレンズの最小絞りのF16まで絞ったため回折により画質が落ちたのかもしれません。
しかし、85mm単焦点と同等の結果が得られた28-200は期待以上の結果でした。
ただしこの結果は85mm時に限ったものなので、レンズ全体の善し悪しがわかるものではありません。
今まで 24-120/3.5-5.6 AF-S VR で毎回画質に不満を感じているわけではないのは、このレンズを使うのはドキュメンタリー的な状況が多く、24mmや120mmで使うことが多く、この焦点距離ではそれほどの不満を感じたことはありませんでした。
28-200:85mmF5.3
モデル:咲良

28-200:120mmF5.6
モデル:咲良

この結果を踏まえて28-200が俄然出番が多くなったのは言うまでもありません。
しかし、このレンズ全く文句がないわけではありません。
問題点を挙げれば「暗い」事。
単焦点85mmと比べると同じF16で撮っても1絞り以上暗く写ります。レンズ構成枚数による光量低下もあると思いますが、同じ全体の光量低下がタムロンの 28-75/2.8 にも見られます。
どちらも軽量コンパクトが売りで、レンズ口径も小さくおさえられているレンズです。軽量化を図るため、F値も犠牲になっていると考えられます。
カメラの内蔵露出計を使う分には適正が得られますが、単体露出計で測って絞りを合わせたり、途中でレンズを交換するときなど注意が必要です。

去年まではニコンD3がメインカメラでしたが、現在はD600をメインで使っています。大きさも小振りで、レンズとボディとのバランスも良く「D3&24-120」より「D600&28-200」は軽量で、肩こりの解消にも一役買っていると思うのです。

現在販売中のニッコールレンズでこの焦点域をカバーするレンズは「AF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VR」になると思いますが、望遠側を300mmまでのばし、AF-SとVRを搭載したこのレンズは
大きさ:約83 × 114.5 mm
重さ:約800 g
アタッチメントサイズ:77 mm
と巨大化してしまい、
直径で13mm、全長43mm大きく、重さ2倍以上になってしまいました。
こんなに大きく重いレンズは手ぶれも起きやすく「VRを導入したがために巨大化してブレやすくなり、VRが必要になった」なんて・・・ことはないと思いますが、
単焦点85mmよりも軽い28-200はその軽さゆえに「シャッター2段分」くらいブレにくいと思えます。

「3段分の手ブレ軽減効果があるVR機能を搭載したがために大きく重くなってしまい、搭載しないレンズより2段手ブレを増してしまうようなことがあったとしたら、プラスマイナスで1段分の手ブレ軽減効果のために、2倍の金額を払い、2倍以上重いレンズを持ち歩く苦痛を強いられるよりも、別の選択があるかもしれない。」

と、「手ブレ軽減機能至上主義」になりつつある昨今を憂うのでした。

28mm
200mm


データ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
広角28mmから望遠200mmをカバーする約7.1倍の超高倍率ズーム
クラス世界最小・コンパクト設計
最短撮影距離0.44mを実現(焦点距離200mm時)
焦点のずれによる色のにじみを軽減
球面収差などさまざまな収差を補正
レンズのバランス・合焦のスピードが増すIF方式を採用
希望小売価格\62,000 (税込 \65,100)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※ニコンHPより

レンズ構成:11群12枚構成
EDレンズ:3枚
非球面レンズ:3枚
画角:74°~12°20′(135判カメラ装着時)
焦点距離目盛:28、35、50、70、85、105、135、200mm
ズーミングの作動方式:ズーミングリングによる回転式
絞り羽根枚数:7枚羽根(円形絞り)
最小絞り:22
フォーカス制限/切替スイッチ:あり(0.44m~無限遠と0.6m~無限遠)
質量(約):360g
最大径×長さ(先端よりバヨネット基準面まで):69.5×71
マウントの材質:ハイブリッド(エンジニアリングプラスチックに金属をインサート)

Mar 03 - 2004 Made in Japan
2004 - 2005 Made in Thailand

2013年7月24日水曜日

僕のお気に入り「Ai AFニッコール28mm F2.8S<New>」


安いレンズはだめなのか?

最近発売になった「AF-S NIKKOR 28mm f/1.8G」のスペックを見てみると
9群11枚(非球面レンズ2枚、ナノクリスタルコート)

以前からあった現行レンズ
「Ai AF Nikkor 28mm f/2.8D」は
6群6枚

レンズの開放F値を明るくすることは収差を増大させることにもなり、その収差を補正するためにレンズの構成枚数を増やし、それによって値段も跳ね上がる。
28mm f/1.8G¥93,450
28mm f/2.8D¥40,950
「一絞り明るくなるとレンズの値段は2倍になる」という法則にのっとって(そんな法則はない)一絞りと三分の一明るいレンズはみごとに2.28倍の値段である。
最新の設計、最新のコーティングを施された最新のレンズは確かに20年近く前の設計のレンズより良いことは間違いないだろう。もし、今使っているレンズに不満があったらすぐにでも買い換えるだろう。でも今使っているレンズは僕のお気に入りなので替えるつもりはないのだ。

僕が今使っている28ミリは、現行ニッコール28ミリの一つ前の世代の「Ai AF Nikkor 28mm F2.8S<New>」
1986年に発売された「AFニッコール」第一世代のフォーカスリングをラバーフォーカスリングに変え、1991年に発売した<New>タイプである。後に1994年、レンズ構成を新しくし、最短撮影距離を0.3mから0.25mに短縮した「D」タイプの現行品に変わった。
現行品の「D」は6群6枚構成だが、一世代前の「S<New>」は5群5枚で、今よりさらに枚数の少ないシンプルなレンズ構成になっている。

僕の勝手な思い込みだが、レンズ構成枚数の少ないレンズはヌケがいい。
いかにコーティング技術が向上して、レンズ表面の反射による光のロスがなくなったとはいえ、ガラス内部でも光は吸収される。当然レンズ合計の厚みが2倍になれば、吸収される光も2倍になるはずだ。

11枚より6枚、6枚より5枚でレンズが成立するならば、僕は5枚のレンズで十分だ。最初にそう思ったのは、「ニコンレンズシリーズE28ミリF2.8」を使ったときだった。
その頃僕は「Aiニッコール28ミリF2S」を使っていた。当時あった「F2.8」や「F3.5」のレンズに比べれば高価なレンズだったが、それほど満足出来るレンズではなかった。レトロフォーカスタイプ特有の四隅が「ガクッ」と落ちるレンズで、開放F2やF2.8位では周辺に問題があり、中央部しか使い物にならない。やっと周辺まで使えるようになるのはF5.6からで、実際それより開けて使うことはなかった。
そんなとき「日本では販売しなかったニコンレンズシリーズE28ミリF2.8」を手に入れた。
(詳しくは「幻のニコンレンズE28を買う」の巻のブログをお読み下さい)
http://kodawaricamera.blogspot.jp/2011/08/e28_19.html
この軽量、安価なレンズがなかなか侮れない。開放F2.8はハッキリ言って「Aiニッコール28ミリF2S」のF2.8より良かったくらいだ。それでしばらくの間はE28は仕事用メインレンズの一つとして使っていた。

それからしばらくしてAFの時代になり次第にAFズームレンズが仕事レンズの中心になり、デジタルの時代になった。
仕事上は便利なズームレンズで十分だったが、一通りの単焦点レンズもAFレンズで揃えることにした。
その時に気になったのがこのレンズ「Ai AF ニッコール28ミリF2.8S <New> 」だった。
何故気になったか?
このレンズは幻の(日本では発売されなかった)「ニコンレンズシリーズE28ミリF2.8」そのモノだったからだ。

レンズシリーズE28とAF ニッコール28の構成図
5群5枚のレンズ構成は構成図を見れば明らかなようにまるで同じ構成だ。中古で購入した「Ai AF ニッコール28ミリF2.8S <New> 」の写りはE28と同じ、ヌケが良くクリアーであった。加えて、E28のシングルコーティングからAF28はマルチコーティングになっている。E28の頃でも逆光でのフレアーなどが気になることはなかったが、マルチコーティングになっているのでさらに安心感がある。

シングルコーティングのE28
マルチコーティングになったAF28


ラバーフードHR-6
レンズフードは「HN-2」が指定のものだが「HR-6」を付けて使っている。これもE28専用フードで、日本で見かけることはない。フードを付けたままでレンズキャップが付けられ、折りたたみも可能なゴムフードなので格段に便利だ。















LW Nikkor 28mm F2.8
幻の「ニコンレンズシリーズE28ミリF2.8」がかたちを変えて日本に初登場したのがこの「Ai AF ニッコール28ミリF2.8S 」かと言うと実はそうではない。1983年ニコノス用陸上専用レンズとして発売した「LW Nikkor 28mm F2.8」も実はレンズシリーズE28の5群5枚レンズであった。このレンズはニコノスV等に付けて目測で撮影するもので、あまり注目されることもなくいつの間にかフェードアウトしてしまったものでE28よりもっと幻のレンズになってしまった。
NEVER use underwater














現在は販売されていない「5群5枚28ミリF2.8」レンズであるが、今までに「ニコンEM等のコンパクトフィルム一眼レフ用」「水中カメラニコノス用陸上専用レンズ」「初期AF一眼レフ用レンズ」として、3回かたちを変えてニコンに装着されてきたニコン秘蔵の「安価」「コンパクト」28ミリである。ある意味「信頼の逸品」である。
今後もいつか、かたちを変えて4度目の登場があるかもしれない。

2013年7月16日火曜日

僕のお気に入り「Ai AF ニッコール70-210 F4S」


AF ニッコール70-210 F4S
久々にこのレンズを引っ張り出してみた。

ニコン初の本格的なオートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF-501」の発売に合わせて、1986年に発売したAFニッコールレンズの最初期のレンズだ。レンズ構成は直前まで販売されていた「ニコンレンズシリーズ E70-210mm F4」と全く同じで、AFカメラの発売に合わせて大量のAFレンズを供給しなければならないため多くのレンズはAisレンズが流用された。
当時は「Aiニッコール80-200mmF4S」も同時に販売されていたが、「ニコンレンズシリーズE70-210mmF4」は低価格であるが、描写に関しての評判が良くヒットレンズであった。そのためAisレンズを差し置いてAFレンズに採用されたものと思われる。しかし、AFレンズとしての寿命は短命で、1987年半ばまでの約1年で「AFズームニッコール70-210mmF4-5.6S」にバトンタッチした。

80-200や70-200のズームレンズは望遠ズームの花形レンズであるが、何故このレンズが短命だったかを今回このレンズを改めて引っ張り出して考えてみた。
同スペックではコンパクトだし、画質は今回試しに写してみても十分満足のいくものだった。


考えられる問題点は、フォーカシングが前群繰り出し式で回転角も大きく、繰り出しに時間がかかる事だろう。無限遠から最短撮影距離の1.5mの先の(M)マクロまで約180° 専用フードを付けた状態で往復する様はとても「スムースなフォーカシング」とは言えない。そこでAF用に新設計した「AFズームニッコール70-210mmF4-5.6S」に切り替えたのだと思うが、このレンズは210mm時に開放がF5.6になり、僕にとってはあまり魅力的ではなかった。

最近発売になった「AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR」で思い出して引っ張り出した「Ai AF ニッコール70-210 F4S」だが、VRは付いていないがその分全長が約3cm小さく、90g軽い。ナノクリスタルコートではないが、特に強い逆光でなければ問題になることはない。問題のフォーカシングだが、ピントを探して行ったり来たりすることがなければそれほど時間もかからない。つまり、1.5mと10mに交互にピントを合わせるような過酷な動作をしない限りフォーカシングも特に問題にはならない。

現在は、グラビア系ロケ撮影は「Ai AF-S NIKKOR ED 80-200mm F2.8D(IF) 」がメインレンズなので、2本のレンズの重さを比較してみると半分以下の760g、これなら手持ち撮影も可能だろう。

「Ai AF ニッコール70-210 F4S」を買う前から使っていた「レンズシリーズ E 70-210mm F4」はニコンF3とセットで様々な仕事で使用した。当時テレビ番組雑誌の仕事が多く、テレビスタジオでドラマ収録中に俳優のアップを撮影するのにこのレンズを使っていた。ドラマの照明下で撮影するためフィルムはタングステンタイプのポジフィルム、プラス1増感しても早いシャッターは切れない。この頃は210mmでシャッタースピード「1/15」までなら手ぶれしない自信があった。「AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR」には「VR」が付いており「4段分の手ぶれ補正効果」が期待できる。当時このレンズがあったなら「1/15」の4段分、「1秒」でも手ぶれしなかったのか・・・。
ま~今でも腕は衰えていないので、「AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR」は当分お預けにして、次の撮影で「Ai AF ニッコール70-210 F4S」をメインで使おうと思う。

皆さんも中古レンズでこのレンズを見かけたら、ぜひ手にとってみて下さい。
僕はお薦めします。

ちなみにこの写真に写っているフォーカスリングはオリジナルではありません。
僕がMF操作向上にため自分で付けたゴムリングです。 

                    レンズ構成 最短撮影距離 フィルター径 大きさ   重さ
Ai AF NIKKOR 70-210 F4S          9群13枚  1.1m(M)   62mm   76.5×148 760g
AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR    14群20枚  1m       67mm   78×178.5 850g
AiAF-S Nikkor ED 80-200mmF2.8D(IF)14群18枚  1.5m             77mm   88×207  1580g



2011年10月23日日曜日

ニッコール85ミリと180ミリの 曖昧な記憶


ケイ?
けい子?
記憶がはっきりしない。
僕はケイちゃんと彼女のことを呼んでいた。
僕はリクと呼ばれていた。

ケイちゃんと知り合ったのは僕が25歳の時だ。
僕はこの頃はカメラマンのアシスタントをしていて、フリーランスのカメラマンなるため、時間があれば作品を撮影していた。
ファッションカメラマンのアシスタントをしていた僕の作品の被写体は女の子で、師匠の真似をしてファッション写真風の作品を撮っていた。


モデル代が払えないから頼むのは素人の女の子ばかり。撮影するとモデル代の代わりに写真を大きくプリントしてあげて、その時、次にモデルになってくれる人を紹介してもらっていた。
今から思えば、プロのモデルじゃない素人を大勢撮影したことは後にカメラマンになってから大いに役に立ったと思う。
そして誰かに紹介してもらったのがケイちゃんだった。

ケイちゃんは六本木にある劇団の研究生だった。
小柄で丸顔のケイちゃんはちょっと美人で、キュートで、元気で魅力的な女の子だった。
初めて撮影したのは僕が働いていたカメラマンのスタジオで、夜2時間、作品撮りのために借りて撮影した。
写真撮影には2種類あって、英語で言うと 「Photo shooting」 と 「Photo session」 だ。
人物撮影の場合、フォトシューティングはモデルを自由に動かしておき、カメラマンは良い瞬間を狙い撃ちする。フォトセッションはモデルとカメラマンのコラボレーション撮影になる。モデルと初対面だとお互いにどんな人で、何ができるのか、どうしたいのか解らないから探り合いながら、様子を見ながら撮影する。初めての撮影でも意気投合すれば相乗効果ですばらしい結果が生まれるが、うまくタイミングが合わないこともある。
その日の撮影は、時にクールに、時にキュートに、変幻自在のケイちゃんは被写体としては満点だった。
原宿駅前のビルの4階にあるスタジオで夜9時に撮影が終わり、2階にあるレストランで僕らは食事をした。
撮影終わりのケイちゃんは饒舌で、自分の夢をめいっぱい語ってくれた。
当時は無口だった僕は、オムライスを食べながらケイちゃんの話を一生懸命聞いていた。
「リクさん。」
「ん~。」オムライスを食べている僕は鼻で返事をした。
「今日すごく楽しかった。演技の勉強をしているじゃない? でも、なかなか主役になることは出来ないのよ。わかる? 聞いてる? 」
「聞いてるよ。」
「でも、今日、私、主役だった。すごく嬉しかった。『私女優よ。私を見て。私を撮って。』 って、そんな感じ?  ね~ わかる? 」
「んー わかるよ。でもまだ結果を見てないだろ? できあがりの写真。」
「ううん、絶対いい。見なくてもわかる。」
「1週間くらいでベタ取るから、それ見て写真選んで。気に入った写真プリントしてあげるから。 」
ケイちゃんは聞いていない。
「また撮って。次はロケ。 そうだ。 毎月1回撮影しよう。 絶対いい。 ね? 」
半ば押し切られたようだが、実は僕もケイちゃんをモデルとして、いや女優として評価していた。
素人のかわいい子とはちょっと違う、演じることが出来る秘めたる資質を感じていた。

そんな始まりから僕はケイちゃんをモデルに毎月写真を撮った。
2回目の撮影は代々木公園でロケをした。
3回目は新宿御苑で・・・

そんな感じでほぼ月1でフォトセッションをしながら僕らはカメラマンとして、女優として少しずつ成長していったような気がする。
恋愛感情はまったくなかった・・・

実は、2回目の撮影を代々木公園でした後、原宿駅前でご飯を食べながらケイちゃんが言った、
「私彼氏がいるの。」
僕はなんにも聞いていない。
「サラリーマンの彼氏で10歳年上なの。」
「あ、そ~。」 って感じだ。
3歳年下のケイちゃんは、確かにかわいいが、おテンバな妹みたいな感じで、恋愛対象とは考えていない。
聞いてもいないのに、なんでそんなこと言うかな~と思った。

そんなケイちゃんとの出会いからおよそ1年後、僕は26歳でアシスタントをやめ、フリーランスのカメラマンになった。
ケイちゃんは研究生を終了し、10人に1人しか残れない団員に選ばれ、正式に劇団員になっていた。
月1ではないが、時々下北沢であってご飯を食べながら愚痴を聞いてあげた。
劇団員になっても給料は出ない、劇団公演は年に数回しかない。普段はアルバイトをしながら、テレビや映画、舞台のオーディションを受けて、合格するとバイトを休んで女優をする。
僕はカメラマンになって、実家を離れ下北沢のアパートで一人暮らしをしていた。
雑誌の撮影を一回すると5~6万円にはなり、ひと月に5~6回は撮影があったが、不安定で、1週間なんの仕事もないと、このまま忘れられてしまうんじゃないかと、不安な日々を送っていた。

夜11時くらいに電話が鳴った。
ケイちゃんだった。
「悔しい! オーディションおっこった。」
「仕方ないよ。ケイちゃんが悪い訳じゃないだろ、きっと役に合わなかっただけじゃないか? 」
そんなことを言いつつも、ケイちゃんの気持ちはすごくよくわかる。
僕だって、作品を持って売り込みにいっても必ずしも使ってもらえるとは限らない。
「僕の方がいい写真が撮れるのに、何故『今いるカメラマンで十分』なんて、お座なりな考え方をするんだ」と悔しい思いをしょっちゅうしている。
「電話じゃ気持ちが通じないから、今から行ってもいい?」
「いいけど、帰りの電車なくなっちゃうだろ?」
「いい! 朝までとことん喋る。 タクシーで行く! 下北のどこに行ったらいい? 」
「じゃあ、本多劇場の側の駅前に11時半に待ってるよ。」

駅前のマックはもう閉店していた。
半を少し過ぎた頃、タクシーが止まりケイちゃんが降りてきた。
「どうする? どっか入る? 」
「リクの家は? 」
「家? すぐそこのアパートだけど、『Jazzまさこ』の先・・・ え? 家くる? 」
「いい? だって話したいこといっぱいあるんだもん。」
「わかった。じゃあいいよ。」
「ごめんね、こんな遅くに。」
「いや、別にいいよ。明日撮影ないし。」
「だって、こんな時間に電話できて、私の気持ちわかってもらえるのリクしかいないんだもん。」
「彼氏は? 」
「だめ、サラリーマンだもん、全然わかってもらえない、とっくに寝てるし。」

自動販売機で缶コーヒーをふたつ買って、僕の部屋に向かった。
ケイちゃんは週に2回劇団に行って稽古をしたり、事務処理の手伝いをしながら、様々なオーディション情報でオーディションを受けている。今回も最終面接までいって、落ちてしまったそうだ。
「私何やっているんだろ?
毎日生活のために居酒屋でバイトして、オーディション受けてもみんな落っこちて、
これじゃただの居酒屋の店員じゃん? 」
慰めの言葉もなかった。聞いてあげることで少しでも楽になるならと、なるべく反論せずに相づちを打ちながら聞いてあげた。
「また写真撮って!
じゃないと私、女優終わっちゃう!」

午前2時くらいまで話を聞いて、ケイちゃんはそのまま僕のアパートに泊まった。
「リク、変な事しないでね? 私、彼氏いるから。それよか、リクとはわかり合える親友でいたいの。変な関係になりたくないのよ。」
「わかってるよ。なんにもしないよ。」

ケイちゃんは僕のベッドで、僕は床で寝た。

翌朝は変な感じだった。
男女だけど恋愛関係でもない、
朝は喋ることもなく、2人とも言葉少なく、
駅前のマックで朝食を食べた。

その週の、ケイちゃんがバイトが休みの日に僕らは軽井沢に撮影に行った。
撮影場所はアシスタント時代にロケで行ったことがある雲場池を選んだ。
僕は買ったばかりの「ニコンF3」に、これもほとんど初めて使う「AiニッコールED180ミリF2.8s」を使った。
ファッションの撮影で、うしろをボカして使うには最適のレンズだ。思うようなファッション撮影の依頼がなく初めて本格的に使った。
ケイちゃんはこの日のために白いドレスを買って持ってきていた。車の中で着替え、ケイちゃんは雲場池にドレスの裾を持って足を浸けた。秋とはいえ水はかなり冷たかったはずだ。
僕はニコンF3を三脚に据え、アングルを探した。
今回はフォトセッションではなくフォトシューティングで撮る。
ケイちゃんにはロングで周りの木や緑や池を生かした撮り方をするので、自分で演じて自分で動くように指示した。
足を水に浸けたり、踊るように廻ったり、にらむような表情を見せたり、一人芝居を演じていた。
180ミリを開放で使い、彼女だけにピントを合わせ、辺りをボカして撮影した。
次に、浅間山の麓の鬼押しハイウェイに移動して、長いショールを風になびかせるようにして180ミリで撮影した。

それからしばらくして、
ケイちゃんはオーディションに受かり初め、テレビに台詞付のチョイ役で出演したり、舞台に上がったりと、女優の活動を始めた。
僕も徐々に念願のファッション撮影の依頼が来るようになっていった。

知り合って3年目になった頃、また夜遅くにケイちゃんから電話があった。
タクシーで僕のアパートに来ると、映画出演が決まったことや、来年ロングランの舞台が決まりそうな話を楽しそうに話して、僕の部屋に泊まった。
僕らは床に布団を敷き、電気を消し、隣同士で喋りながら眠りについた。
「いつの日か、僕がカメラマンで、女優のケイちゃんを雑誌の仕事で撮影できたらいいね・・・」
そんな話を目をつぶったまま話していると、

「リク、私のヌード撮って。」
「やだよ!」
「なに! 即答? 」
「だってやだよ! ケイちゃんのヌードなんか・・ やだよ!」
「だめ! 撮らなきゃ! リクには私を撮る責任があるの!」

なんだかよくわからない理屈だが、押し切られて撮影する・・させられる羽目になった。
「スタジオで、うしろから強い光に照らされて裸の私が立っているの・・・」
そんな撮影プランを聞かされながら僕は眠りに落ちていった。

半分眠った状態で意識が遠のいてゆく中、ケイの左手が僕の布団の中にゆっくりと入ってきて僕の右手をつかんだ。
ケイは僕の右手を上からつかむと、そのまま自分の布団の中まで引っ張ってゆき、僕の手を自分の左胸の上においた。
僕はケイの胸のふくらみを感じながら眠りに落ちていった。
「ごめんね・・」
そんなケイの声が遠くで聞こえた。

僕は後輩に頼んで、以前働いていたスタジオを2時間貸してもらう手配をした。
ケイちゃんはダイエットをして撮影に臨んだようだ。
僕の撮影プランは、スタジオ撮影だがストロボを使わず、アベイラブルで撮影しようと考えた。
照明は500wのアイランプ1灯、壁にバウンス。
この日のために「Aiニッコール85ミリF1.4s」を購入した。
それまではニッコール85ミリF2を使っていたが、F1.4がちょうど発売されたので、この機会に購入した。
周りをバウンス用の白いパネルで囲んでニコンF3にトライX。
1/30でF1.4
現像はD76を希釈してフラットに仕上げた。

ケイちゃんに電話をした。
 「こないだの写真、ヌードの、出来たよ。10枚ほど8×10にプリントした。」
「いらない。」
「え! なんで。写真だよ。」
「いらない。
撮って欲しかっただけなの。
写真はいらない。
25歳の私を記録しておきたかったの。
 私はここにいますって・・・」
 「だったらいいけど・・・見る。」
「いい。持ってて、リクが持ってて。」

僕は女心がわかったような、わからないような・・・
とりあえず、印画紙の箱に収めて保管した。

それから何ヶ月か経って、
ケイちゃんから電話があった。
「今、稽古中なんだけど、来月からロングランの芝居が始まるの。東京で2週間、その後、名古屋、大阪、九州まで行って、その後北陸、東北、北海道まで6ヶ月間。」
電話の向こうでケイちゃんの嬉しそうな声が踊っていた。
「後、映画が公開になるから見て。シーンは短いけど健さんと競演なんで・・」

その電話がケイちゃんとしゃべった最後になった・・・・・・



里美から電話があった。

「知ってる?」

里美はケイちゃんと同期の劇団員だ。

「ケイちゃんが乗った劇団のバスが・・」

里美にもモデルを頼んだことがある。

「新潟の十日町で・・」

僕は里美からの電話を切った後、朝刊を改めて開いてみた。
「新潟県十日町市の県道で東京の劇団○○○のバスがガードレールを突き破って転落し・・・
乗っていた劇団員○○けい子さん(26)が全身を強く打って死亡・・・

それから何日か経った。
里美から電話があった。
ケイちゃんの両親が北海道から出てきていて、今、ケイちゃんのアパートの片付けをしている。
東京での話を聞きたいらしい、リクさん来てもらえないだろうか?
そんな内容だった。

僕は、ケイちゃんの写真、唯一手元にあるケイちゃんの写真を持ってVF400で下高井戸に向かった。
ケイちゃんのアパートには初めて行った。
里美とケイちゃんのご両親がいて、荷物を片付けていた。
僕はケイちゃんとの出会いやこれまでのつき合いを話し、8×10が入った箱を渡した。
「ケイちゃんの大切な写真が入っています。ケイちゃんは 『私は今ここにいます』 って言う写真が撮りたかったって言ってました。」
「今、けい子の日記がありましてね。読むと芝居の事の間に、リクさんの話がたくさん出てくるんですよ。それで里美さんにお願いして、連絡していただいたんです。」
「でも・・」
僕は里美の方を見ながら、
「ケイちゃん、彼氏いましたよね? 」
「さ〜そうですか?日記には出てきませんけど。」
「え? 里美ちゃんは聞いてるでしょ? 」
「私は知りません。」

あれからもう30年近く経った。
あの頃のネガを最近になって探してみたが、見あたらない。
ケイちゃんの顔もよく思い出せない。
今となってみると、
ケイちゃんに彼氏はいたんだろうか?
いや、それどころか、
ケイちゃんは本当にいたんだろうか?

僕にはよくわからない・・・
僕は本当に写真を撮ったのだろうか?


※この話はフィクションです。
登場人物は実在しません。