※その1からお読み下さい。
2年程前のことだ。三波さんが東京に出てきて、例によって心霊写真を見せられたとき、
「何処で撮ったんですか?この写真?」との問に、「いや〜いろんな所で撮っているんでどこだかよく覚えていないんです。写真に自動的に撮った場所が記録されるといいんですけどね〜」
「何言ってるんですかありますよ。今どきはカメラにGPSが内蔵されていて自動的に『ジオタグ』って言う位置情報が記録されるんですよ」
その時勧めたのがニコン クールピクス P6000 だった。
P6000はカメラ内部にGPS機能を内蔵していてメタデータに緯度、経度などの位置情報が記録される。
ニコンのブラウザーソフト ViewNX を使うと写真からの情報を元に地図を表示できる。
三波さんはP6000を使っているに違いない。
僕は急いで三波さんのメールの添付書類を保存し、ViewNX2を立ち上げた。
おそらく三波さんも「白いモヤ」が写った写真をViewNX2で見ていたはずだ。だとすると、GPS情報から正確に位置を把握できている。
同じ場所に「白いモヤ」の正体を確認しに行ったに違いない。そして、何らかのトラブルに遭ったのじゃないだろうか。
だとしたら急がないと、本当に大変なことになってしまう。そんな気がして妙に胸騒ぎがした。
ViewNX2が起動するほんの数秒もとても長く感じた。
急いでフォルダーから三波さんの写真を表示して、右側のメタデータをクリックした。
サムネイルの下にGPS情報付を示す地球をかたどったアイコンがついている。
「モデル名:Nikon COOLPIX P6000」ずーっと下にスクロールしていくと緯度、経度が表示されていた。
左上の「GPSマップ」アイコンをクリックすると写真に変わって地図が表示された。
「奥 さんっ!あ、ありました写真。あ、三波さんが僕に送ってくれた写真です。写真に地図が、地図情報が付いていて、何処で撮ったかわかりました。きっと、三波 さんはこの写真の『白いモヤ』をもう一度撮りに行ったに間違いないでしょう。そして何かトラブルに遭って、もしかしたら迷子とか、そんな状況で、きっと、 困っているに違いありません。」
僕は自分に言い聞かせるように早口でまくし立てた。
地図をプリントアウトし、自分のP6000を持って僕は車を走らせた。
僕の無神経な発言が三波さんを傷つけていた。自分が興味を持っていることをハナから馬鹿にするように否定されたら誰だって悔しいに違いない。
そのせいで三波さんが事件や事故に巻き込まれたとしたら・・・。
僕は自分のこれまでの発言を反省し、自分を責めた。
「三波さん、今行くから、きっと無事でいてくれッ!」
新宿から首都高速に乗り、中央高速を走り八王子JCTを過ぎた頃、携帯電話が鳴った。
車のハンドルに付いた受話ボタンを押して電話に出た。
「もしもし」
「しゅ、主人が見つかりました。」
「三波さん?三波さん見つかったんですか?何処ですか場所は?本人から電話があったんですか?無事なんですか?生きてますよネ?・・・・・・・・・・・・・・・・・」
翌朝、僕は富士吉田市にある市立病院前のビジネスホテルを夜明けと共にチェックアウトして、昨夜三波さんが無事発見された樹海の風穴に向かった。
昨夜、情けなさそうに謝る三波さんから聞き出した話によると・・・・
その日夕方5時頃、早めに仕事を切り上げた三波さんは「白いモヤ」が写った場所を目指して車を走らせた。
諏訪市の自宅から写真の場所まで2時間程、迷うことなくたどり着けば明るい内に着けるはずだった。
風穴の駐車場に着いたときは日没少し前だった。
念のため車に積んであった懐中電灯をバッグに放り込んで遊歩道を足早に進んだ。
遊歩道から少し離れた、前回写真を撮った場所を探している内に薄暗くなって来た。急ぎ足で歩き回っているうちに苔を踏んで足を滑らしてしまった。
運悪く滑り落ちたところが2メートルくらいの深さがある窪地で、滑り落ちる途中に木の根に足を引っ掛けてくじいてしまった。
窪地の底で足の痛みで身もだえていたが、我に返り脱出を試みた。
右足の痛みがひどくとても斜面を登れそうもない。さらに運が悪いことに、尻のポケットに入れておいた携帯電話が130キロの体重で押し潰されて使い物にならなくなっていた。
大きな声でなんどか叫んでみたが、暗くなってしまった樹海に人の気配は感じられなかった。
ここで三波さんはほとんど脱出を諦めたそうだ。
幸い窪地の底は落ち葉が敷き詰められた状態でそれほど寒さを感じない。
落ちたときにすっ飛んでしまったバッグを手探りで探し、懐中電灯を頼りにバッグの中をあらためると、車の中で食べるつもりだったおにぎりが2個と500mlのペットボトルが入っていた。
おにぎり1個とペットボトルのお茶を一口飲んで、落ち葉の中に身体を潜り込ませ身体を休ませた。
しばらく眠り込んだようだが、辺りが少し明るくなってきた頃、足の痛みで目が覚めた。
動こうとしたとたん、足が激しく痛んだ。違和感を感じる右足首を触ってみると拳大くらいに腫れ上がっていた。
自分で窪地を上がれないことを考え、持ち物をチェックした。
壊れた携帯、バッグの中にはおにぎりが後1個、500ml弱のお茶、入れっぱなしになっていたカロリーメイト1箱、ニコンクールピクスP6000、予備のバッテリー、手帳、財布、ボールペン、名刺、リップクリーム、メガネ、近視用だから光を集めて火を熾すことは出来ない。
人を呼んだり、誰かと連絡をすることが出来そうな物はなかった。
手帳にここまでの経緯を書き留めることにした。「ここに遺書を書くことだけは絶対ないように」と思ったそうだ。
人の気配がしたら大声を出そう。そう決めていたが残念ながら風の音しか聞こえない。
風穴の案内所のスタッフが朝一番に駐車場に車が止まっているのを確認していた。
夕方帰る時間になっても同じ場所に車が止まったままで不審に思った。
念のため帰る間際に警察に連絡をして、昨夜から止めっぱなしになっているらしい車があることを連絡した。
警察がパトロール途中によって、ナンバーを照会し所有者宛に連絡して三波さんの奥さんが対応、捜索を頼んだ。
僕はその時すでに中央高速を走っていた。
警察と地元の方が懐中電灯を振り、声を上げながら遊歩道の奥まで捜索開始。
三波さんはその声を聞き、大声を上げると共にP6000のフラッシュを暗闇に向けてたいて知らせたそうだ。
およそ24時間ぶりに発見され病院に運び込まれた。
警察からは遊歩道からそれた樹海は「林道から外れての入林は自然公園法・文化財保護法違反となり禁止されている。」と厳しく指導されたようだ。
僕が昨夜病院にたどり着いたとき三波さんは元気そうだった。
しきりに謝っていたが、僕は無事だったことが嬉しくて泣き笑い状態で三波さんをバシバシ叩いてしまった。
それから奥さんがタクシーで駆けつけるまでの1時間程の間に一部始終を聞いた。
病院の前にあるビジネスホテルから風穴までは車で20分程だった。
途中にいくつもの風穴、氷穴の案内表示があった。さらに温泉もある。
三波さんが「白いモヤ」を撮影した風穴周辺を1時間程歩きながらP6000であちこちを撮影してみた。
三波さんには申し訳ないが、僕のカメラには不審なものは写っていなかった。
考えられる事は、
樹海は溶岩流の上に出来た針葉樹林でその下には溶岩が冷えて固まる際に出来る溶岩洞が数多く空いている。
その大きな物が氷穴や風穴として観光地化されている。
近くに温泉もあるのでその蒸気が溶岩洞を通り数キロ離れた場所に吹き出してもおかしくない。
また氷穴と呼ばれる溶岩洞の内部は非常に低温でその付近に湿った空気が流れると冷やされて水分が氷結し霧状に見えることもある。
おそらく三波さんが写真を撮影した背後にそのような蒸気か霧が立ち上りそれが薄暗い樹海の中で光を受けて浮かび上がったのではないだろうか。
その現象を写真に撮って三波さんに見せてあげたかったのだが・・・。
僕は風穴を後にして三波さんが入院している病院に戻った。
東京にやりかけの仕事を残してきたため、三波さんに挨拶をして戻るつもりだ。
病室をのぞくと朝食が終わった後だった。
僕は考えられる「白いモヤ」の正体を三波さんに話した。
「残念ながら写真は撮れなかったけど、たぶんそういうことだと思うよ。」
「そうですか、なるほど」
「まっ、気を落とさず、まずは早く元気になって下さいよ。」
「そうですね。ところでですね、昨日話さなかったんですけど、樹海の中で丸1日横になっていて、結構いっぱい写真を撮ったんですよ。何しろ樹海ですから、いろんな物がウヨウヨいるわけです。きっと写真に写っていると思うんですよね・・・・・」
僕は最後まで聞かずに後ろ手で手を振りながら病室を出てきた。
「だめだ!全然懲りてないッ。」
おわり
この話はフィクションです。
登場人物は実在しません。
0 件のコメント:
コメントを投稿