「あいつ」が現れたのは12月も半ばを過ぎた頃だった。
僕はその日、卒業後初めての大学の同窓会、兼忘年会に出席した。
同窓会というのも微妙で、社会人になってから数年経ちみんなに誇れるものがあれば勇んで参加するが、そうでないとなかなか参加しづらいものだ。
その日参加したのも6人で、地方にいて参加できない、忘年会がダブって入っている等、参加できない物理的理由は色々あると思うが、実際のところ参加したくないほうが多かったと思う。
そういう僕もちょっと腰が引けていた。
フリーカメラマンになって約1年、食っていくだけの仕事はあるがまだまだ同窓生に誇れる状態ではなかった。
参加した6人は天下のH報堂写真部、K談社写真部、S界文化社写真部、小さな制作会社に就職したら会社が大手に吸収された大手制作会社のカメラマン、フリーランスでめきめき名を上げているファッションカメラマン、そこにフリーランス1年目の僕だ。
「車何乗ってる?」
「俺、ミニクーパー」
「お~、でも機材積めないんじゃないか?俺はクラウンのステーションワゴンだけど相当機材積めるぜ!」
いやな展開になってきた。
「おまえは?」ついに来た。
「俺は・・・VF400」
「なんだそれ?」
「いや、ホンダのバイクだョ。」
「それで仕事行くのか?機材ど~すんだよ?」
「いや、意外と積めるんだ。タンデムシートにカメラバックと、コメットの1200くくり付けて、三脚とライトスタンドはマフラーのところに斜めに・・・」
気がつくと、話題は次にうつっていた。
その日僕は飲めない酒を飲んだ。
1人では絶対に飲まないが、つき合いではビール1杯程度。
1杯で顔が真っ赤になり、ロレツがまわらなくなってくる。
2杯で手の力が抜け、グラスが持てなくなり、
3杯で頭が痛くなる。そこでやめてしまうので、僕にとっては4杯以上は未知の領域だ。
3杯飲んだところまで覚えている。
僕が飲めないことを知っているみんなが「おまえも社会人になってオトナになったな~」と褒めてくれたところまでは・・・
小田急線の中では頭が痛く、下北沢駅では足取りもおぼつかずヨロヨロとアパートにたどり着いた。
部屋の電気を付け、ソファーにドスンと座り込んで一安心した。
頭はガンガン痛かった。
ふと顔を上げてテレビのところを見ると「そいつ」がいた。
大きさは猫位で、身体は白っぽいがむこうが透けて見える。頭は三角形で耳ははえていない。
お腹がぽっこり出た「そいつ」は、僕のテレビ台の上で足を組んでふんぞり返り、腕を組んでテレビに寄りかかっていた。
「ついにきた~。未知の領域・・飲み過ぎると見える幻覚か~?」
『なにやってんだ!』
「何だ、しゃべるのか、幻覚のくせに・・」
『幻覚じゃな~い!』
「幻覚に決まってるだろ、じゃあ何なんだおまえ!」
『俺はカメラの精だ。りっしんべんの性じゃないぞ、米へんの、妖精の精の、カメラの精だ。』
こんなのが出てきちゃったよ。やっぱり飲めない酒は飲むモンじゃないな~。つくづくそう思い目をつぶったまま首をぐりぐり回した。
『オイ!ちゃんと聞け!おまえ何やけくそになってんだ、悔しくないのか?』
まだなんかしゃべってるよ。
『おまえも他の連中に負けない立派なカメラマンになりたくないのか?』
あ~自分の中のコンプレックスがこんな形に表れるんだな~。
「そいつ」はなんだかブツブツとしゃべり続けていたが無視をしてパジャマに着替え、歯を磨いてベッドに潜り込んだ。
後頭部がズキズキと痛んだ。
翌朝、目が覚めて時計を見ると11時だった。外は雨が降っているようだ。
まだ頭が痛い。
今日は一昨日撮影した写真の上がりを届けに行く約束をしている。
いつもはバイクで行くのだが、雨が降っていてはバイクでは無理だ。
電車で届けに行くならもう起きなくてはならない。
12月の寒さに負け、ベッドでグズグズしていると、
『約束を守るのは最低限度のルールだぞ。』
聞いたことのある声が聞こえた。
布団から顔を出してみると「そいつ」がまだテレビの前にいた。
なんだよ~!昨日の幻覚まだ消えないのか?
『だから、幻覚じゃないッ!カメラの精だ。
約束を守る。
挨拶をする。
これ社会人の、いや、人として最低守らなくてはならない常識だ。
早く起きて届けに行ってこいッ!』
僕は飛び起きてテレビの前に行ってみた。「そいつ」は慌ててテレビの裏に逃げ込んだ。幻覚にしては実体がハッキリ見える。
『だめ~触っちゃ。汚れるから~。』
なんだかやっかいなヤツに取り憑かれてしまったようだが、完全に酒が抜ければ消えるだろうと諦めて、顔を洗ってみた。
頭はまだズキズキ痛い。
「そいつ」はまだこっちをにらんでいる。
僕は現像済みポジを雨に濡れないように、2重の封筒に入れてカバンに入れた。
新宿で電車を乗り換え、池袋で地下鉄に乗り換え、出版社に向かった。
バイクだったら30分とかからない距離だが、電車を乗り継いで1時間ほどかかった。
午後1時の編集部は閑散としている。だいたい編集者が全て集まるのは夕方だ。
「午後一に届けます。」と言っても結局相手の編集者はまだ来ていなかった。
「あの変なヤツにせかされなければみんながいる夕方に届けに来たのに・・・」
と、独り言をブツブツ言いながら副編集長に「おはようございま〜す」と挨拶をし、「○○さんの写真の上がりここに置いておきま〜す。」と、まわりに聞こえるようにちょっと大きな声で言って帰ろうとしたとき、
副編集長に呼び止められた。「ちょうどいいや。1月にオーストラリアロケがあるんだけど10日間ほど予定もらえるかな?」
帰り道、書店によってオーストラリアのガイドブックを買って、足が地に着かないような感じで、鼻歌を歌いながらアパートに向かった。
すっかり昨日の酒も抜け、頭痛もとれていた。
アパートの鍵を開け自分の部屋に入ろうとしたとき、中から人の声がした。
恐る恐るドアを開けて見ると、テレビがついているようだ。
朝あわてて消し忘れたか、と安心して中に入ると「あいつ」が僕のソファーに座ってテレビを見ていた。
『どうだった?なんか良いことあった?』
「あいつ」はそれから1週間、うちに居候をして、その間
『お礼状書けよ!』とか、『靴はちゃんと磨け!』とか、
何だか躾係のように毎日毎日小言を言って僕に指図をした。
『最後にな〜、大事なことを言うからしっかり覚えておけ!
カメラは使うときは厳しく使い、使い終わったらやさしく手入れをしろよ!
そうすればず〜と使えるから。』
そう言って「あいつ」は段々透明度が増していって、消えてしまった。
年が明けて、オーストラリアロケの用意をした。
「ボディはこれとこれ、レンズは念のため予備も持って行こう。」
そんな独り言を言いながら、普段使わない機材を保管しているカメラバッグを開けてみると、
なつかしい『ニコンF』が出てきた。
高校時代のあこがれのカメラで、とっくに製造は終了している。
アシスタント時代に中古カメラ店で一目惚れをして衝動買いをした中古品だ。
最初のうちは嬉しくて毎日のように触っては磨き、空シャッターを切って楽しんでいた。
実際は、時代遅れのカメラで実用にはならない。
そのうち飽きてしまい、バッグの中に入れっぱなしになっていた。
何だかピンと来るものがあって、ロケとは関係ないが『ニコンF』を取り出した。
ひんやりと冷たく、ずしりと重たい感触が手に伝わってきた。
巻き上げてみたが、ゴリゴリと重たい。キャップを外しファインダーをのぞいてみると周辺にカビが生えている。
何年かほったらかしにしていたせいだ。
僕は『ニコンF』をテレビの前に置いた。
オーストラリアロケから帰ってきて、僕はすぐにニコンのサービスセンターに『ニコンF』を持って行った。
製造終了後何年も経っているが、部品交換をともなわない点検、整備は今でも可能だ。
1週間ほどして「あいつ」は帰ってきた。
今度はカメラバッグにしまわず、テレビの前にセーム皮を敷いて「あいつ」を置いた。
お互いにいつでも見える場所だ。
それからの僕は仕事がどんどん忙しくなっていったが、
1日1回は「あいつ」を磨き、そして話しかけるようになっていた。
「あいつ」がしゃべることは無かったが、気持ちは通じている、そんな気がした。
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